実は『秩父三十四カ所を歩く』の6日目は、「第三十番法雲寺」から「第三十二番法性寺」へ行くことになっている。
30番からひたすら歩いて駒木野という小鹿野町営バスの停留所に向かい、そこからバスで32番へ行くというコースなのだ。
問題は歩く距離とバスの時間。
ガイド本では徒歩90分となっているが、10時半に30番を出発すると11時55分のバスの時間まで85分しかない。
それを逃すと次は14時35分までバスはない。
我々の脚力からするとかなりリスキーなプランなのだ。
心配なので「法雲寺」で聞いてみた。
「駒木野まで85分で行けますか」。
ところが「駒木野ってどこですか」と逆に聞かれる始末。
そんなコースは普通ではないというのだ。
普通は「白久」から終点の「三峰口」へ行き、そこからバスで小鹿野町役場へ行く。
役場から31番へ行くか、32番に向かうかはその人次第、という返事なのである。
このコースなら歩く必要もない。
すぐこっちに乗り換えることにした。
10時32分「白久」発の電車で終点「三峰口」へ。
10時32分、「三峰口駅」到着。
小鹿野町役場行きバスは11時15分。
45分も時間がある。
この時間つぶしが大変だった。
なにしろ「三峰口駅」前は喫茶店などというものは皆無。
食事処と暖簾の下がった店はあるものの店はやっているのかどうか。
人影が見られない。
45分間、駅前のベンチに座って人の動きを見ていたが、客待ちのタクシー2台の運転手は、車を離れて話しに夢中。
車が3台来たと思ったら、電車から降りてきた人の迎えの車だった。
電車から降りる人数も3,4人。
観光客など一人もいない。
そういえば三峰山ロープウエイは廃業して動かない。
電車でここまで来ても動きが取れないのだ。
小鹿野町営バスの乗客は3人。
合併前の両神村役場前(写真右)でバスを乗り換えて、小鹿野へ。
11時50分に小鹿野町役場到着。
乗車時間35分だが、歩くと18キロもある。
全部歩いて回った人から聞いたのだが、白久-小鹿野間が一番きつかったとの感想だった。
「小鹿野役場前停留所」で20分ほど待って、西武バスに乗り換え、10分ほどで「栗尾」で下車。(写真)
停留所前には石碑や灯篭が並んでいる。
その横にはお堂。
十一面観音を祀ってあるのだそうだ。
ここから「第三十一番観音院」までは約45分の歩きとなる。
秩父札所の中で最もバス停から遠い寺なのだ。
歩くとすぐ前方に橋。
橋を渡らず右へ。
やがて左に牛が何頭か現れる。
牧場だ。
牧場が経営している売店の店先に巨大なカボチャ。
写真で見たことはあるが、実物は初めて。
思わず笑顔になってしまう。
どこの家の軒先にも、干し柿が吊るしてある。
剥いたばかりのできたてほやほや。
季節感が滲み出ている。
道の左側に「三十一番入口」の石塔。
「従是二十五丁・・・」とある。
一丁は約109m。
「第三十一番観音院」まであと2725mということになる。
今は舗装道路が走り、民家も建っているが、こうなったのは数十年前のことで、かつては無人の秘境だった。「小経細流に遡って二十五丁にして」(風土記稿)という位、丁石を標識として頼りにするしか「観音院」にたどりつけなかった。
もはやそうしたことを想像することも不可能なほど変貌を遂げている。
見事な紅葉の下に赤い橋。
擬宝珠のついた朱色の欄干が眼を引く。
左に「たらちね観音」。(写真右)
母と子の絆をつなぐ観音さまとして昭和43年開山というのだが、新興宗教なのだろうか。
すぐ横には「大日堂」があり、少し離れて「鳥獣慰霊塔」もある。
石碑の前の自然石は猪だろうか。
頭を上げて口をあけているように見える。
「観音茶屋」を過ぎると道の両側の山の斜面を埋め尽くす地蔵像。
思いがけない光景に立ち止まって見とれてしまう。
寺は「紫雲山地蔵寺」と号し、別名「水子地蔵寺」とも呼ばれる。
見渡す限りの赤い涎掛けと赤い風車のお地蔵さんは、水子の霊を供養する水子地蔵。
その数1万4000体とも言われ、風が吹くとカラカラなる風車の音がして、全山真っ赤な山容は圧巻である。「第四番金昌寺」の石仏に、江戸の女中たちが建てた水子供養の石仏があるが、水子にせざるを得ない女性たちの事情は、現代でも変わることがない。
墓も位牌もなく、中有に迷う水子の霊を供養するという「地蔵寺」の建立目的とメッセージはとても分かりやすい。
それに比べて、札所の寺やお堂の存在意義の分かりにくさは格別である。
放っておいても参詣者は来るからか、余りにも自助努力がなさすぎる。
この場合、努力とは宗教者としての自らのアピール、社会へのメッセージとでもいおうか。
秩父札所は圧倒的に禅寺が多いが、座禅をみかけることはなかった。
大体、禅宗の匂いがどこにもない。
早く言えば、宗教活動をしているとは感じ取れないのだ。
僕が回った2008年の秋は、アメリカ金融恐慌に端を発した世界不況で日本各地で倒産、廃業、解雇、リストラが相次いだ。
多数の非正規労働者が路頭に迷い、支援団体による炊き出しや派遣村が行われた。
こうした世の中の動きに対応するメッセージは、秩父札所のどこにも皆無だった。
これは秩父札所に限ってのことではなく、日本の宗教界全体の問題であるが、社会全体が立ちすくむ時に無関心を決め込み、なんら発言することなく、行動することのない宗教者など存在する必要がない。
無意味である。
例えば、秩父札所全体が納経料の一割を、こうした社会的弱者に提供することなど難しいことではないだろう。
公共性を認められ、非課税となっている浄財は、こうした時にこそ使われるべきではないのか、関係各位に問いたい。
「水子地蔵寺」の先の観音トンネルを抜けるとガードレールに西国三十三観音霊場の寺の名前が置いてある。秩父札所のもある。
「栗尾バス停」から歩いて45分。
バスが走っていないから歩くのだが、道路は2車線の舗装道路。
巡礼の車が何台も走り抜けて行く。
目指す「第三十一番観音院」は、もうすぐそこだ。
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