はじめに


ひょんなことから、私の「秩父三十四所」巡りは始まった。
東京に住んでいる。
車で出かけると渋滞や駐車場探しで、約束の時間に間に合わなかったりする。
電車のほうが便利だから、ついつい車に乗らなくなって、気がつくと3カ月も4カ月も車は放置したままになっている。
たまには車を動かさなくては、と本末転倒な目的でエンジンをかけたのが、2008年の10月上旬のことだった。
行き先は秩父の「満願の湯」。
車を動かす目的が達成されればいいのだから、行き先はどこでもよかった。
そうして何気なく選んだ目的地だった。
8時に板橋を出たのに、9時には到着してしまった。
温泉は10時からでないと入れない。
どこかで時間つぶしをしなくてはと、地図を広げる。
見つけたのが、「秩父34番札所水潜寺」。
車で5分もかからないところに寺はあった。
秩父札所は知識としては知ってはいたが、実際に訪れたのは始めてである。
うっそうと茂る後背の山の木々に覆われて、本堂は自らの影を放つことのない暗さに佇んでいた。
巡礼を無事回り終えた遍路者が納めていった何十本かの金剛杖が、この寺が結願寺であることを物語っている。
10時に「満願の湯」に戻る。
露天風呂に入りながら気がついた。
結願した遍路者が入ったから、「満願の湯」なのである。
「あぁ、そうなんだ」と胸の中で呟いて、納得した。
札所巡りへの関心が、この時、ちらりと湧いたような気がする。
風呂から上がれば何もすることがない。
大広間で繰り広げられるカラオケの演歌も聞き飽きて、車に乗る。
家に帰るには早すぎる。
どこへ行こうか。
知ったばかりの「秩父三十四所」の一番札所に、当然のように向かった。
思いがけないことに、この日、七番札所まで回った。
七番法長寺を除けば、いずれの寺もこじんまりとして、親しみやすい雰囲気がある。
帰路、車を走らせながら、「秩父三十四所」巡りをしようと決めた。
車ではなく、歩いて回ろうと思った。
札所間の距離が短いことを、この日、知ったからである。

図書館で何冊か「秩父三十四所」に関する本を借りてきた。
Amazonにも発注した。
そのうちの一冊、『秩父三十四カ所を歩く』(山と渓谷社)が思いがけない「優れもの」だった。
写真が大きく、見やすい。
歩いて回ることを前提に、そのコースの説明が簡にして要を得ている。
詳細な地図もついている。
一日2時間半から3時間歩いて、8日間で回り終えるというコース設定で、これならアラ古稀の我々(小生と妻)でも無理なく回れる気がした。
こうして10月20日、初めて西武線「西武秩父駅」前の広場に立った。


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