4・金昌寺-5・語歌堂 08.10.30














このあたりは住宅の間に農地が点在する。蕎麦の実が色づいて収穫を待っている。

南の方角に進んでいるから、広い空間に出ると必ず武甲山が見える。
知々夫ケ嶽と呼ばれていたこともあり、秩父の人たちの心の支え、拠り所としての霊山である。













民家の前にお地蔵さん。
かつては畑の中に立っていた。
畑に家が建ち、道は舗装され、気がついたら場違いな感じで、いかにも肩身が狭そうに佇むことになった。
余りの急激な環境の変化に戸惑っているようでもある。
隣の赤いピラカンサの生垣は、僕の記憶に間違いなければ、「キャノン電子」工場の生垣である。
一応現代人らしく振舞っている我々でも、「キャノン電子」が何を作る工場か想像もつかない。
ましてや江戸時代のお地蔵さんにはチンプンカンプンだろう。
折りしもアメリカの金融危機が勃発、日本のメーカーも奈落の底に落ちた。
キャノンも例外ではなく、大分工場のリストラが新聞紙上を賑わせていた。
奈落の底は、地獄である。
その地獄から救ってくれるものとして地蔵信仰はあったのだから、キャノンの社員は、ましてや経営者は、身近にお在すこのお地蔵さんに救済をお祈りしてはどうだろうか。
秩父だから、観音様におすがりしたいというのなら、それはそれで結構な話ではあるが。

0 件のコメント:

コメントを投稿