第十五番 母巣山 少林寺 (臨済宗)08.10.20


秩父の町には土蔵作りの家が少なくない。
川越も蔵造りの町並みがあるが、秩父も川越も理由は同じ、明治の大火のあと防火建築として土蔵が推奨されたからである。
「第十五番少林寺」本堂も、大火後再建されたから白塗りの耐火土蔵となった。
庭にはいろいろな花が咲き乱れ、石仏もある。














もともと札所十五番は「蔵福寺」として、秩父神社の神宮寺として神社の境内にあった。
それが明治維新後の神仏分離令で廃寺となり、地元の人々の熱心な請願で、町内の「少林禅寺」が札所となった。
廃寺となった蔵福寺の本尊観音像はたった10円で叩き売られたと伝えられている。

本堂へ上る石段の右に「秩父事変殉職警官墓所入口」の碑。
世の中の出来事は、人によって、立場によって、評価が180度変わる、そうした具体例である。

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